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最高裁判所第二小法廷 平成9年(行ツ)26号 判決 1997年9月12日

埼玉県北葛飾郡吉川町平沼七三九-四

上告人

藤巻時寛

右訴訟代理人弁護士

島田康男

東京都渋谷区千駄ケ谷五丁目二九番七号

被上告人

株式会社ナボカルコスメティックス

右代表者代表取締役

石橋清英

右当事者間の東京高等裁判所平成七年(行ケ)第九五号審決取消請求事件について、同裁判所が平成八年九月一二日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人島田康男の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし本件に適切ではない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河合伸一 裁判官 大西勝也 裁判官 根岸重治 裁判官 福田博)

(平成九年(行ツ)第二六号 上告人 藤巻時寛)

上告代理人島田康男の上告理由

右当事者間の東京高等裁判所平成七年(行ケ)第九五号審決取消請求事件につき、平成八年九月一二日同裁判所において言い渡された判決(以下、原判決という。)には、法令の解釈適用を誤り判決に影響を及ぼすことの明らかな違法があり、また、最高裁判所の判例(昭和四二年(行ツ)第二八号事件昭和五一年三月一〇日大法廷判決・最高裁民事判例集三〇巻二号三〇頁)に違反した違法がある。

第一 原判決の認定の要約

一、 原判決の認定は判決書に記載のとおりであるが、要約すれば、審決が被上告人(原告・被請求人)の使用商標「ピュールエステ」(原判決では「本件一段ラベル」と表示されている。)は本件商標の使用には当たらないと判断しているのに対し、原判決は、「PUREESTE」に「ピュールエステ」と付記された判決書別紙2記載のラベル(「本件二段ラベル」)を使用商標として、「本件二段ラベル」の使用は本件商標の使用に当たるとするものである。

二、 「本件二段ラベル」に該当する証拠は、甲第五号証の二、三(ソワンオイル101、同102との商品名の表示があり、判決書別紙2に記載されている。)、甲第一二号証(ソワンオイル103との商品名の表示がある。)、及び、甲第一三号証(マスクアナリーゼとの商品名の表示がある。)の各ラベルである。

右甲第五号証の二、三、甲第一二号証及び甲第一三号証は、いずれも、原審東京高等裁判所の審理において提出されたものであり、審判手続においては提出されていない。

第二 上告理由の一

一、 一般の行政処分の場合、行政処分の取消を求める訴えにおける審理の範囲(審理の対象)は当該行政処分の違法性一般であると理解されている。

しかし、商標法、特許法等における特許出願に関する行政処分(特許、拒絶の査定)や商標登録出願及び登録の取消等に関する行政処分については、それらに対する不服申立については、直接に司法裁判所に行政処分の取消を求める訴えを提起することは認めず、特許庁における審判手続を前置して、審判手続を経由することを要求し、司法裁判所(東京高等裁判所)は、原処分である登録査定、拒絶査定、登録取消等の処分に対して直接にその取消の適否を審理判断するものではなく、審決取消訴訟として、前置されている特許庁における審判手続の審決についてその適法・違法を審理判断することとされている。

審決取消訴訟は、原処分である登録査定、拒絶査定、登録取消等の処分に対して直接にその取消の適否を審理判断するものではなく、特許庁における審判手続の審決の適法・違法の判断を通じて間接に原処分の適否を争うこととなるに止まるものであって、一般の行政処分の場合に行政処分の取消を求める訴えの審理の対象が当該行政処分の違法性一般であるとされるのとは異なる。

最高裁判所の判例(昭和四二年(行ツ)第二八号昭和五一年三月一〇日大法廷判決)も次の通り判示して、審決取消訴訟の審理の対象が行政処分の違法性一般であることを否定している。

「法が定めた特許に関する処分に対する不服制度及び審判手続の構造と性格に照らすときは、特許無効の抗告審判の審決に対する取消の訴においてその違法が争われる場合には、専ら当該審判手続において現実に争われ、かつ、審理判断された特定の無効原因に関するもののみが審理の対象とされるべきものであり、それ以外の無効原因については、上記訴訟においてこれを審決の違法事由として主張し、裁判所の判断を求めることを許さないとするのが法の趣旨であると解すべきである。

・・・中略・・・

以上の次第であるから、審決の取消訴訟においては、抗告審判の手続において審理判断されなかった公知事実との対比における無効原因は、審決を違法とし、又はこれを適法とする理由として主張することができないものといわなければならない。

この見解に反する当裁判所の従前の判例(最高裁昭和二六年(オ)第七四五号事件昭和二八年一〇月一六日第二小法廷判決・民集一〇号一八九頁、最高裁昭和三三年(オ)第五六七号事件昭和三五年一二月一〇日第三小法廷判決・民集一四巻一四号三一〇三頁、最高裁昭和三九年(行ツ)第九二号事件昭和四三年四月四日第一小法廷判決・民集二二巻四号八一六頁)はこれを変更すべきものである。」

<1> 右大法廷判決によって変更された最高裁判決のうち、

最高裁昭和二八年一〇月一六日第二小法廷判決は、「原審が事実審である以上、審判の際主張されなかった事実、審決庁が審決の基礎としなかった事実を当事者が訴訟において新たに主張することは違法ではなく、またかかる事実を判決の基礎として採用することは少しも違法ではない。」と判示するものであり、

最高裁昭和三五年一二月一〇日第三小法廷判決は、「本件(無効)審判における争点は、上告人の商標が(旧商標)法二条一項九号、一一号に該当するかどうかであり、右の争点に関する限り、訴訟の段階も、攻撃、防禦の方法として、新な事実上の主張がゆるされないものではない。」と判示するものであり、

最高裁昭和四三年四月四日第一小法廷判決は、「登録無効審判は、法が登録無効事由として掲げる特定の法条違反の有無についての争いを判定するのであるから、その審決の取消訴訟においても係争の法条違反とは別個の登録無効事由を主張して争い得ない制約の存することは考えられる。しかし、係争の登録無効事由の存否についての審決の認定判断が、訴訟の結果判明したところによって維持しがたいと認められるときは、その審決は違法なものとして取消されるべく、このことは、一般の行政処分の取消訴訟において、処分要件を欠くことの判明した処分が違法として取消されるのと異なるところはない。」と判示するものであるから、

右大法廷判決が審決取消訴訟の審理の対象が行政処分の違法性一般であることを否定するものであることは明らかである。

<2> 右大法廷判決は、右のように解すべき理由として、

法(旧特許法・大正一〇年法)は、審決取消訴訟を原処分である特許又は拒絶査定の処分に対してではなく、抗告審判の審決に対してのみこれを認め、審決取消訴訟においては専ら右審決の適法違法のみを争わせ、特許又は拒絶査定の適否は、抗告審判の審決の適否を通じてのみ間接に争わせるに止めていること、

法は、特許無効の審判では、無効原因が特定されて当事者に明確にされ、審判手続においてはこれをめぐって攻防が行われ、審判官による審理判断もこの争点に限定してなされるという手続構造を採用しており、旧法一一七条(現行法一六七条)も右の手続構造に照応して、現実に判断された事項につき一事不再理の効果を付与したものと考えられること、

法が抗告審判の審決に対する取消訴訟を東京高等裁判所の専属管轄とし、事実審を一審級省略しているのも、当該無効原因の存否については、既に、審判及び抗告審判手続において、当事者らの関与の下で十分な審理がされていると考えたためであること、

を挙げ、「法が定めた特許に関する処分に対する不服制度及び審判手続の構造と性格」を明らかにしている。

<3> 右大法廷判決が「専ら当該審判手続において現実に争われ、かつ、審理判断された特定の無効原因に関するもののみが審理の対象とされるべきものであり、それ以外の無効原因については、上記訴訟においてこれを審決の違法事由として主張し、裁判所の判断を求めることを許さないとするのが法の趣旨であると解すべきである。」とするのは、「審決取消訴訟は審決の結論の基礎となっている特定の事項についての判断を不当として審決の取消を求めるものであって、その訴訟の審理の範囲は右審決の判断またはその過程に違法があるか否かの点に限られるものというべきである。したがって、審判において引用された刊行物とは別箇独立の関係にある(審判において提出させられた刊行物記載の考案にかかる物との類似性を認定するための補充的資料といったようなものではない)刊行物の存在を訴訟上新たに引用主張して審決取消の理由とすることは許されないものと解するのが相当である。」と同趣旨である。

<4> 右大法廷判決は、従前の最高裁判所の判例(三件)を変更していることに照らしても、不使用取消審判及びその審決取消訴訟においてもその判断が適用されるというべきである。

二、 商標法第五〇条一項は、登録商標の不使用による商標登録の取消審判について、継続して三年以上日本国内において登録商標が使用されていないときには利害関係人は商標登録の取消審判を請求することができると規定しており、同五〇条二項本文は、「前項の審判の請求があった場合においては、・・・登録商標・・・の使用をしていることを被請求人が証明しない限り、商標権者は、その指定商品に係る商標登録の取消しを免れない。」と規定している。

従って、仮に、実際には登録商標が使用されているとしても、被請求人(商標権者)が登録商標の使用を証明しなければ、商標登録は取り消されることになる。

昭和五〇年の商標法一部改正以前は、不使用取消審判においては、審判の請求人が登録商標の不使用の事実を証明しなければならないとされていたが、請求人が不使用の事実を証明することは極めて困難であることから、不使用取消審判制度はほとんどその実効を上げることができなかった。

そこで、昭和五〇年の改正により、審判の請求人が登録商標の不使用の事実を証明するのではなく、被請求人(商標権者)が登録商標の使用を証明することを取消を免れる要件とし、使用の事実を証明できなければ商標登録は取り消されるとした。

このように、わが国の法体系上も例の少ない要件を定めたのは、商標権の保護と活用、特に長期の不使用による休眠商標権の排除に資するためであり、商標行政(審判)の円滑な施行のため、二項の被請求人に自己の権利を守るための誠実な対応を求めるものに外ならず、商標権者は、商標法二五条に基づき登録商標の使用を専有するという特典を与えられ、かたわらその使用の事実を最もよく知り又は知り得る立場にあって、容易に使用の事実の証明をすることのできる者であるから、商標法五〇条一項に基づく不使用取消審判の請求があった場合には、被請求人(商標権者)は、自らの権利を守り商標登録の取消しを免れるためには、取消しの処分をなすべきか否かを決める審判において、二項記載の要件にかかる登録商標の使用の事実について証明することを要するとしたものである。

従って、不使用取消審判においては、商標法五〇条一項に基づいて審判の請求がなされると、被請求人(商標権者)は自らの権利を守り商標登録の取消しを免れるため、登録商標の使用の事実を証明するための資料(証拠)を提出し、審判官がその証拠によって登録商標の使用の事実が証明されているか否かを審理判断するという構造が採られることになる。

具体的には、(イ)被請求人が提出した使用商標(本件に即していえば、「本件一段ラベル」)が登録商標を使用するものといえるか否か(同一性の問題)と、(ロ)使用商標が当該指定商品に使用されているか否かが審判手続において審理判断されるから、その審決に対する取消訴訟の審理の範囲は、右(イ)、(ロ)についての審決の判断またはその過程に違法があるか否かの点に限られることになる。

三、 本件においても、不使用取消審判において、被上告人(原告・被請求人)は「ピュールエステ」と記載したラベル(原判決では「本件一段ラベル」と表示されている。)を登録商標の使用の事実を証明するための証拠として提出し、審決は「本件一段ラベル」は本件登録商標の使用の事実を証明するものではないと認定して、本件商標登録を取り消すと審決している。

審判手続では、「本件一段ラベル」が登録商標を使用するものといえるか否か、つまり、同一性の問題が争われ、審決は、「本件一段ラベル」と登録商標とは社会通念上同一とはいえないと判断して、登録商標の使用の事実を認めず、本件商標登録を取り消すとしたものである。

これに対して、原判決は、「本件一段ラベル」が登録商標の使用の事実を証明するものであるか否かについては判断せず、審決においては提出されていない資料(証拠)である「PUREESTE」に「ピュールエステ」と付記された判決書別紙2記載のラベル(「本件二段ラベル」と表示されている。)について、これが本件登録商標の使用の事実を証明するものであるか否かを審理し、本件登録商標の使用の事実を証明するものであると認定して、本件審決を取り消したもので、審決取消訴訟における審理の対象を誤っており、不使用取消審判及び審決取消訴訟に関する法令の解釈適用を誤り判決に影響を及ぼすことの明らかな違法があり、また、前記最高裁判所の判例(昭和四二年(行ツ)第二八号昭和五一年三月一〇日大法廷判決)に違反する違法がある。

第三 上告理由の二

一、 商標法五〇条二項本文は、不使用取消審判の審判手続において、同項記載の要件にかかる登録商標の使用の事実について証明することを要するとしていると解するべきである。

<1> 商標法五〇条二項本文が「前項の審判の請求があった場合においては、・・・登録商標・・・の使用をしていることを被請求人が証明しない限り、商標権者は、その指定商品に係る商標登録の取消しを免れない。」と規定しているのは、商標権の保護と活用、特に長期の不使用による休眠商標権の排除に資するためであり、商標行政(審判)の円滑な施行のため、二項の被請求人に自己の権利を守るための誠実な対応を求めるものに外ならず、商標権者は、商標法二五条に基づき登録商標の使用を専有するという特典を与えられ、かたわらその使用の事実を最もよく知り又は知り得る立場にあって、容易に使用の事実の証明をすることのできる者であるから、商標法五〇条一項に基づく不使用取消審判の請求があった場合には、被請求人(商標権者)は、自らの権利を守り商標登録の取消しを免れるためには、取消しの処分をなすべきか否かを決める審判において、二項記載の要件にかかる登録商標の使用の事実について証明することを要するとしたものである。

従って、使用していることの証明は審判手続で行われなければならない。

<2> 右のように解することは、商標法五〇条二項の文言が、「被請求人」となっていることに合致する。

<3> 商標法五〇条二項本文は、登録商標の使用の事実をもって商標登録の取消しを免れるための要件とし、その存否の判断資料の収集につき商標権者にも責任の一端を分担させ、もって右審判における審判官の職権による証拠調べの負担を軽減させたものであり、商標権者が審決時において右使用の事実を証明したことをもって、右取消しを免れるための要件としたものではないとして、右事実の立証は事実審の口頭弁論終結時に至るまで許されるとする見解があるが、使用の事実の証明に時間的、手続的制限を設けることは商標法上他にもなされている。

商標法は、使用主義の側面を持たせるべく、昭和五〇年の改正により、不使用取消審判制度と更新登録における使用証明制度を導入しているが、商標権の存続期間の更新登録では、その出願前3年以内の使用を要件とし(商標法一九条二項但書二号)、その要件を証明するため必要な書類を更新登録の出願と同時に提出することを要するとされている。

すなわち、商標権の存続期間の更新登録では、「登録商標を使用していること」をいかなる立証手段によっても証明すれば良い、というのではなく、書類という形式で、かつ、更新登録出願と同時にこれを提出することが求められ、その出願の方式が定められている。

従って、その証明のために提出された書類の補正は別にして、証明のための書類の提出は、更新登録手続中においてなされなければならず、その手続を離れて、更新登録拒絶査定に対する不服審判、あるいは、その審決に対する審決取消訴訟で登録商標の使用を証明するのための書類を提出することはできないことになっている。

不使用取消審判制度と更新登録における使用証明制度は、その導入の経緯に照らし、制度の趣旨を共通にしているのであるから、不使用取消審判における使用証明を当該審判手続で行われなければならないとすることはその趣旨に合致するというべきである。

<4> 使用の事実の立証は事実審の口頭弁論終結時に至るまで許されるとすることは、本件におけるように、審判手続において提出されそれを巡って当事者が攻防し審判官が審理し判断した資料(証拠)とは、別個独立の資料(証拠)が、審決の取消訴訟で提出され使用の事実の証明の有無が判断されることを是認することになるが、これは、商標法、特許法等が定めた、商標、特許等に関する処分に対する不服制度及び審判手続の構造と性格に反するものである。

つまり、法(旧特許法・大正一〇年法)は、審決取消訴訟を原処分である特許又は拒絶査定の処分に対してではなく、抗告審判の審決に対してのみこれを認め、審決取消訴訟においては専ら右審決の適法違法のみを争わせ、特許又は拒絶査定の適否は、抗告審判の審決の適否を通じてのみ間接に争わせるに止めていること、及び、法は、特許無効の審判では、無効原因が特定されて当事者に明確にされ、審判手続においてはこれをめぐって攻防が行われ、審判官による審理判断もこの争点に限定してなされるという手続構造を採用しており、旧法一一七条(現行法一六七条)も右の手続構造に照応して、現実に判断された事項につき一事不再理の効果を付与したものと考えられること、及び、法が抗告審判の審決に対する取消訴訟を東京高等裁判所の専属管轄とし、事実審を一審級省略しているのも、当該無効原因の存否については、既に、審判及び抗告審判手続において、当事者らの関与の下で十分な審理がされていると考えたためであること、を明らかにしている前記大法廷判決に反する結果となる。

二、 原判決は、審決においては提出されていない資料(証拠)である「本件二段ラベル」について、これが本件登録商標の使用の事実を証明するものであるか否かを審理し本件登録商標の使用の事実を証明するものであると認定して、本件審決を取り消したものであるから、商標法五〇条二項、及び、商標の処分に関する不服制度、審判手続の構造と性格についての法令の解釈適用を誤り判決に影響を及ぼすことの明らかな違法があり、また、商標の処分に関する不服制度、審判手続の構造と性格についての前記最高裁判所の判例(昭和四二年(行ツ)第二八号昭和五一年三月一〇日大法廷判決)に違反する違法がある。

以上

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